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長野地方裁判所 平成6年(ワ)79号 判決 1996年2月29日

原告 清水紀男

被告 国

代理人 齊木敏文 志村勉 田村邦夫 曲渕公一 関口正木 清水俊一 ほか三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三六〇万円及びこれに対する平成六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、長野営林局職員(農林水産技官)から省庁を超える部門間配置転換(以下「省庁間配転」という。)により長野労働基準局(以下「局」という。)職員(労働事務官)となった原告が、右配転後の任命権者である長野労働基準局長(以下「局長」という。)が昭和六二年四月の人事異動に際して管内労働基準監督署(以下「署」という。)の第二課長に昇任させなかったこと及び平成二年四月における職員の昇格の実施に当たり一般職の職員の給与等に関する法律(以下「給与法」という。)所定の行政職俸給表(一)の七級(以下、職務の級又は等級はいずれも同表所定のものをいう。)に昇格させなかったことはいずれも自己が省庁間配転に係る職員であることのみを理由として不合理な差別をしたものであり、憲法一四条及び国家公務員法(以下「国公法」という。)二七条に違反する不法行為を構成する旨主張して、国家賠償法一条一項に基づいて国に対し損害賠償金三六〇万円(逸失給与相当額金一〇〇万円、慰謝料金二〇〇万円及び弁護士費用金六〇万円の合計額)及びこれに対する遅延損害金を請求する事案である。

一  判断の前提となる事実

1  原告の経歴等

(一) 原告は、昭和三一年度の四級職国家公務員試験(林業技術職員)に合格し、翌三二年四月一日に長野営林局に採用され、以来同局管下の各営林署において二五年余にわたり勤務した後、国家公務員の省庁間配転により、昭和五七年一〇月一日付けで局に配置転換(出向)となった。

(二) 原告は、右配転に伴い松本署労災保険給付調査官に転任となり(昭和六〇年法律九七号による改正前の給与法所定の五等級一五号俸を給される。)、同日付けで局労災補償課に併任され、同課において三年間労災保険の適用関係業務に従事し(昭和六〇年七月一日付けで右給与法改正により五級一五号俸を給される。)、次いで、昭和六一年四月一日付けで局労災補償課の併任が解除され(同日付けで五級一六号俸を給される。)、その後四年間松本署労災課において労災保険関係業務全般に従事し(その間、昭和六一年一〇月一日付けで五級から六級に昇格)、更に、平成二年四月一日付けで長野署(旭庁舎)の労災保険給付調査官に配置換となり(同日付けで六級一八号俸を給される。)、その後四年間は同じく労災保険関係業務全般に従事し、平成六年四月一日付けで七級(局労災補償課労災保険給付調査官)に昇格した。

(以上のうち、原告の業務内容につき<証拠略>の結果、その余の点につき当事者間に争いなし)

2  局及び署の組織等

(一) 局の組織は、局内に庶務課、監督課、安全衛生課、賃金課及び労災補償課の五課が設置され、長野県内に管下の署として九庁を有している。

局管内の署の組織は、長野署(旭と篠ノ井の二つの庁舎に分かれている。)及び松本署が三方面制を採っており、署長の下に次長、方面主任監督官(三名)がおり、業務課、労災課及び安全衛生課(長野署のみ)が設置されている。この三方面制とは、署における監督・賃金関係業務(松本署においては安全衛生業務を含む。)を所掌する内部組織として、第一ないし第三の各方面を担当する方面主任監督官が三名設置されている形態の署をいう。その余の七署(岡谷、上田、飯田、中野、小諸、伊那及び大町の各署)は、すべて二課制であって、署長の下に、第一課と第二課が設置されており、第一課で庶務、監督及び賃金関係業務を、第二課で労災補償及び安全衛生関係業務をそれぞれ所掌している。

(二) 二課制の署における第二課長は、同課の担当業務の全般を統括管理する職であり、労災保険給付に係る業務上外及び障害等級の認定等の複雑、困難な事案の処理、不正受給事案に係る対応、審査請求事案や行政訴訟への対応、患者団体等からの集団陳情の対応、労災保険の適用促進に係る事業主体等への指導等を、自らが責任者として実施しなければならない職責を有している。

(三) 都道府県労働基準局及びその管轄区域内の労働基準監督署に勤務する職員であって、職務の級が七級以下の職員(都道府県労働基準局課長、労働者災害補償保険審査官及び労働基準監督署長を除く。)の任命権は、労働大臣訓令により、都道府県労働基準局長に委任されているので、原告の任命権者は局長である。

(以上につき当事者間に争いなし)

3  局管下職員の昇進・昇格の実態等

(一) 局における労働事務官の昇進経路は、一般職員(一ないし三級)から始まって、署係長(四、五級)、署労災保険給付調査官(四ないし六級)、局係長(六級)、署第二課長(六級)、局専門官職(六、七級)、局主要官職(七、八級)という順序を巡るのが一般的であり、その間に労災保険給付、労働保険の適用、徴収関係を中心として、庶務(人事、給与、共済、会計経理)関係及び賃金関係等の業務を経験することになる。署第二課長は、おおむねこれらの業務を約二五ないし三〇年経験し、労働基準行政全般に関わる知識を習得した者の中から任用されるのが通常である。

(二) 局における職員の昇格は、おおむね労働省の昇格運用基準(以下「運用基準」という。)に沿って運用されており、同基準においては、六級から七級への昇格の要件として、<1>主幹、課長補佐等の七級に相当する官職に就任する者であって、<2>六級一七号俸を受けるに至った日から一二月以上経過し、かつ、<3>六級在級年数四年以上の者という要件が存する。

(以上につき当事者間に争いなし)

4  省庁間配転に関する局と職員団体との交渉の経緯

(一) 局においては、省庁間配転制度の始まった昭和五五年度から平成六年度までに合計一四名の省庁間配転職員を受け入れているが、その送り出し省庁はすべて農林水産省(長野営林局が一二名、長野食糧事務所が一名、林業講習所が一名)である。

省庁間配転制度に関しては、労働省の職員団体である全労働省労働組合が、業務に見合った必要な人材確保は新規採用で行うべきであり、省庁間配転職員の受入れについては基本的に反対であるとの態度を示していたところ、局においても、全労働省労働組合長野基準支部(以下「全労働支部」という。)から省庁間配転職員の受入れに関して各年度ごとに申入れがされ、これに対して局長がその都度文書による回答を行ってきた。

(二) 右回答書(以下「局長回答書」という。)の中には、省庁間配転職員の受入れにより在来職員(省庁間配転により局に所属することとなった職員以外の職員を指す。)の処遇に不利益が生じないよう配慮する旨の記載、右職員の配置については全労働支部と協議を行う旨の記載、右職員を受入れ時の役職以外の役職に配置転換するときは代替として新しい役職を獲得する努力をし、在来職員が不利とならないよう配意する旨の記載がある。

(以上につき当事者間に争いなし)

二  争点

1  原告は、局長がその任命権を行使するに当たって原告を在来職員と同等に取り扱えば、昭和六二年四月に署第二課長に昇任させ、平成二年四月に七級に昇格させたはずであるのに、そのようにしなかったのは原告が省庁間配転職員であることのみを理由として不合理な差別をしたからである旨主張するのに対し、被告はこれを否定する。

2  原告の主張の要旨

(一) 局における在来職員の昇任・昇格の実態は年功序列本位であり、六級から七級への昇格は、運用基準の要件を満たす限り、勤務成績に関わりなく、ほとんどが六級一八号俸を受けることのできる時点において行われているので、原告についても平成二年四月には七級に昇格していたはずであり、また、在来職員のうち年齢及び採用年次が原告に最も近似している者との対比からいっても、その三年前である昭和六二年四月には署第二課長に昇任していたはずである。

(二) 局長が原告に対し、省庁間配転職員であることのみを理由にして故意に在来職員と差別を行ったことは、次の事情に照らしても明らかである。

(1) 局長回答書における在来職員の処遇に不利益が生じないよう配慮する旨の記載は、省庁間配転職員の処遇(昇任・昇格)についてはこの限りでないとの趣旨を読み取ることができるし、省庁間配転職員の配置については全労働支部と協議を行う旨の記載によれば、右協議において在来職員の都合を優先し、少数派である省庁間配転職員を犠牲にするようになることは当然の成り行きと考えられ、また、省庁間配転職員を受入れ時の役職以外の役職に配置転換するときは代替として新しい役職を獲得する努力をし在来職員が不利とならないよう配意する旨の記載は、局長の裁量権限を踰越した通常は実現不能な事項を誓約したものというべきである。

(2) 局においては、毎年四月一日付けの人事異動の参考資料とするため、全職員に一〇月一日現在の「職員身上調書」を提出させ、その後一、二か月以内に局の人事管理担当者である庶務課長等が職員の希望の真意を確認する目的で人事ヒアリングという面接を実施しており、原告に対しても毎年人事ヒアリングが実施されたが、その際、庶務課長は、原告の昇任・昇格は事情があってどうすることもできないので諦めてほしい、職場の他の人や組合には話をしない方がよい、さもないと職場に居づらくなるなどと発言した。

3  被告の主張の要旨

(一) 署第二課長への任用について

(1) 局における署第二課長への昇任又は配置換については、署課長とおおむね同等の職務内容と責任をもって業務を処理している者及び署課長に昇任させるにふさわしい者を基準若しくは指標として対象候補職員を選考し、各自についてその担当職務の遂行に当たっての研究心、熱意、正確性、迅速性、協調性の有無程度、さらには企画力、指導力、判断力等の管理能力の有無といった事項にわたって勤務成績や職務遂行能力を判断するのであるが、その際に主として各所属長等から寄せられた意見・情報及び庶務課長が調査・集約した結果を局各課長、局長と順次検討を加え、労働省労働基準局人事給与担当係との協議を経たうえで、任命権者である局長がその裁量的判断をもって適任者を選考している。そして、局長においては、勤務成績や職務遂行能力の実証に関する認定判断については、任命権者たる立場からの広範な裁量的判断によっており、これにさらに公務の能率の維持及びその適正な運営の確保という観点からの裁量的判断を加えて、右選考を実施している。

(2) 原告は、採用後二五年六月の間は、林野行政に従事していたものであり、その後署労災保険給付調査官として局へ出向してきたのであって、昭和六二年四月時点では、原告の労働基準行政に係る経験は、わずか四年六月にすぎなかった。局長は、昭和六二年四月の人事異動に当たり、原告のこのような勤務経歴、勤務実績を踏まえ、主として所属長等の意見・情報及び庶務課長が調査・集約した結果等に基づき、原告の職務遂行能力(資質、職務忠実性、信頼性、管理能力等)を判断し、さらに、局として全体的な職員配置の均衡等を考慮し、総合的に検討した結果、原告を高度な知識、豊富な経験を必要とする署第二課長に任用することができないと判断したものである。

(二) 七級昇格運用について

(1) 職員の昇格に関する運用基準は、人事院規則等で定められた昇格の要件を基に職員を昇格させる場合における必要な資格についてのいわば必要条件となる基準を定めたものであり、人事院規則等で定められた昇格の要件と同様、運用基準に定める要件を満たさない職員については原則として昇格の対象としないという意味を有するものであり、他方、右要件を充足したからといって直ちに昇格を実施するというものではない。そして、六級職員の七級への昇格運用に当たっては、運用基準に定める要件を満たす者を候補に挙げ、七級の定数の範囲内において、任命権者である局長が裁量的判断により昇格を実施している。

(2) 原告が、平成六年四月一日より前において七級に昇格しなかったのは、運用基準に定める七級昇格の要件の一つである主幹、課長補佐等の官職に就任させるに至らなかったからである(原告はそれまで署労災保険給付調査官の職にあったが、これは四級ないし六級の官職である。)。職員を七級に相当する官職に就任させるに当たっては、当該官職の多くが、署の課長を指導する立場にあることから、一般的には勤務経歴の中で署の課長経験を有し、労働基準行政全般の知識を習得した者で、勤務成績、職務遂行能力等について総合的に検討して任命権者である局長が、七級に相当する官職に就任させることが適当と認め得る者の中から選考しているものである。局の七級に相当する官職の数(七級定数)が労働本省から配布されている範囲に限られている中にあって、局長は、平成六年四月一日より前において、勤務経歴、勤務実績、職務遂行能力について前記(一)(2)と同様の判断をし、局の七級に相当する官職である主幹、課長補佐等に昇任させることが適当でないと判断したものである。

(三) 原告の主張に対する反論

(1) 六級職員の七級への昇格運用に当たっては、運用基準に定める昇格の要件を満たすに至った者を一律機械的に昇格させているわけではない。また、原告を含む省庁間配転職員の局における昇任、昇格に当たっては、国家公務員としての勤続年数や配置転換前の省庁における勤務経歴等をも考慮するとしても、局もしくは労働基準行政における知識、経験、勤務成績、職務遂行能力、職務に対する適性等が選考の基本的な要素となるべきものであるから、その点で在来職員との間で昇任及び昇格において差が生ずるのはやむを得ない。

(2) 局長回答書中の、省庁間配転職員の受入れにより在来職員の処遇に不利益が生じないよう配慮する旨の記載は、広く勤務条件全般に係る在来職員の処遇に不利益が生じないよう配慮するとしたものであり、省庁間配転職員の犠牲において在来職員の利益を守る趣旨のものではない。また、省庁間配転職員の配置については全労働支部と協議を行う旨の記載は、労働基準行政の知識、経験を全く有していない省庁間配転職員を配置することによって生じる支障を避けるために受入れ時の配置部署について全労働支部からも意見の聴取を行う旨回答したものであり、その後の省庁間配転職員の昇任・昇格を含む人事異動に関する回答ではない。更に、省庁間配転職員を受入れ時の役職以外の役職に配置転換するときは代替として新しい役職を獲得する努力をし在来職員が不利とならないよう配意する旨の記載は、省庁間配転職員の配置転換に関する条件とし、これを在来職員に比して不利益に扱うということを意味するものではない。

(3) 人事ヒアリングにおいて、庶務課長が原告の主張するような内容の発言をした事実はない。

第三当裁判所の判断

一  国家公務員の任用制度について

国家公務員の任用制度において、昇任とは、職員を昇格させること、級別の定めのある官にある職員を上級の官に任ずること又は職員を法令その他の規定により公の名称の与えられている上位の官職に任命することをいい(人事院規則八―一二の八一条並びに同規則の運用についてと題する人事院事務総長通知五条及び八一条関係)、そのうち昇格とは、給与制度上、職務の級を同一の俸給表の上位の職務の級に変更することをいう(人事院規則九―八の二条三号)が、一般職の職員の職務は、その複雑、困難及び責任の度に基づき俸給表に定める職務の級に分類され、その分類の基準となるべき標準的な職務の内容は、給与法六条三項に基づいて制定された人事院規則九―八別表第一の級別標準職務表に定められているところ、右の分類は、未だ職階制が実施されていないため職階制の計画とみなされ(国公法二九条五項)、人事院規則八―一二の八一条により「従前の例」によることとされて、昇格は広い意義での昇任の一態様として取り扱われている。

昇任(以下、特に断らない限り昇格を含まない狭義の意味に用いる。)及び昇格を含む職員の任用は、国公法及び人事院規則の定めるところにより、その受験成績、勤務成績又はその他の能力の実証に基づいて任命権者がこれを行うものであり(国公法三三条一項)、昇任及び昇格の方法は競争試験又は選考によるものとされている(同法三七条一項及び二項)。

これを昇任についてみると、人事院規則八―一二の八五条二項所定の官職(本省庁の課長等と同等以上の官職)以外の官職についての選考は、任命権者が選考機関としてその定める基準により行うものとされている(同規則九〇条一項)。そして、国公法三三条一項にいう勤務成績その他の能力の実証の内容を具体化したり、その認定ないし選考方法を具体的に定めた法律、規則等は存在しないから、昇任の選考は、当該組織の管理運営の権限と職責を有する任命権者が各職員の資格、経験、資質等を総合的に検討し、職員の能率が十分に発揮、増進されるべく、かつ、当該組織の運営全般を考慮して行う固有の裁量に属する行為であると解される。

また、昇格についても、<1>昇格させようとする職務の級が当該職員の職務に応じたものであること(人事院規則九―八の二〇条一項)、<2>昇格させようとする職務の級ごとの定数の範囲内であること(給与法八条二項、同規則四条二項)、<3>同規則別表第二の級別資格基準表に定める必要経験年数又は必要在級年数を有していること(同規則二〇条一項二号)、<4>昇格前の職務の級に一年以上在級していること(同条三項)等の要件が法律及び規則で定められているものの、各職務が俸給表の各級に格付けされ、昇格が昇任と同様に広義の昇任の一態様とされていることにかんがみれば、右の各要件を備えた職員のうち誰を、どの機会に、より複雑困難で責任の度の大きい職務に対応する上位の級に昇格させるかという判断もまた、任命権者の固有の裁量に委ねられているものと解される。

そうすると、任命権者が昇任又は昇格を実施するに当たっては、その付与された裁量権を濫用しない限り違法の問題は生じないものというべきである。

そこで、以下においては、右の見地から、原告の指摘するような在来職員と省庁間配転職員との差別により任命権者である局長に裁量権を濫用した違法が存するか否かについて検討する。

二  在来職員との比較について

1  原告は、年齢及び採用年次の最も近い在来職員と自己とを対比すれば、昭和六二年四月には署第二課長に昇任してしかるべきであった旨主張するけれども、前判示のとおり、職員の昇任及び昇格は、任命権者が選考対象者の経歴、資格、適性、職務遂行能力及び勤務成績等を総合的に判断し、組織上の機構として存在する定数枠又は級別定数枠の範囲内で裁量によって行うものであるから、右勤務成績等に応じ職員各人の役職又は級・号俸に差異が生ずること自体は異とするに足りないものというべきである。そして、このような差異は、年齢や勤続年数の近似した職員相互間にも生じ得ることであるから、原告が比較対象者との格差の存在をもって差別的取扱による任命権者の裁量権の濫用を主張するのであれば、年齢や勤続年数が近似していることのみならず、勤務成績、職務遂行能力等において比較対象者との間で格別の相違がないことまでをも明らかにしなければならないと考えられるのであるが、この点の具体的な指摘は一切存しないのであるから、この点に関する原告の主張事実のみをもってしては裁量権濫用による違法を基礎づけることはできない。

それのみならず、<証拠略>によると、原告が比較対象者として適示する在来職員の白鳥徳一と原告とを対比してみた場合、両者は年齢及び国家公務員としての採用年次こそ近似しているものの、白鳥は、昭和三二年一一月から上田署第二課長に昇任した昭和六一年四月までの間一貫して労働基準行政に携わっており、前判示第二の一の2の(二)のような職責を課せられた署第二課長に昇任させるに十分な勤務経験を有しており、かつ、同人のように約二九年にわたる経験を有する者を右役職に任用するのは同第二の一の3の(一)掲記の昇進の実態に照らしてもごく通常の事態であるのに対し、原告については、昭和六二年四月の時点では、国有林野事業に従事した年数こそ二五年に達するものの、労働基準行政に携わった期間は満五年に満たないものと認められるから、昇任に当たって両者を同列に取り扱うことができないことは明らかであるといわなければならない。したがって、結果的に両者を区別して取り扱った任命権者の判断は合理的なものということができる。

2  また、原告は、局における六級から七級への昇格が勤務成績に関わりなくほとんどが六級一八号俸を給されるに至った段階で行われているのに、原告についてのみ右のような取扱がされなかった旨主張する。

しかしながら、<証拠略>によれば、昭和六〇年の給与法の改正により給与制度が現行の一一級制に改められてから平成六年四月一日までの間の局における労働事務官・技官(原告を除く。)の六級から七級への昇格状況については、該当者総数三六名のうち、六級一七号俸を受けるに至った日から一二月経過により直ちに七級に昇格した職員が七名、六級一八号俸を経てから七級に昇格した職員が一八名、六級一九号俸を経てから七級に昇格した職員が一名、六級二〇号俸以上から七級に昇格した職員が一〇名であることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。したがって、原告の右主張は前提事実を欠き失当である。

3  なお、原告は、局における在来職員の昇任・昇格の実態が年功序列本位である(勤務成績等に関わらず年齢や勤続年数により機械的に昇任・昇格が行われているとの趣旨と解される。)旨主張し、その証拠として、<証拠略>を援用する。すなわち、<証拠略>には「当局採用後における先任、後任の年功序列は途中で乱されることもなくほぼ永続的に形成されてきた」との記載があり、また、<証拠略>のような文章を公然と作成すること自体が在来職員の人事が年功序列本位であることを裏付けているというのである。

しかしながら、<証拠略>によれば、<証拠略>は局長が労働省労働基準局長に宛てて昭和五八年度の省庁間配転職員の受入れについて意見を具申する内容の書面であることが認められるが、このような書面に右のような文言が記載されていることから直ちに原告のいう年功序列本位の実態の存在を認めることは困難である。また、<証拠略>によれば、局においては、平成三年四月一日付け人事異動を実施した後の一〇年間は、局の職員全体の年齢構成から、七級昇格の要件のうち六級一七号俸を受けるに至った日から一二月以上経過という基準を満たす職員が累増し、右の職員の七級昇格が徐々に遅れていくことが見込まれたため、同年度以降の昇格の運用に当たっては、右の俸給の号俸基準を段階的に延伸せざるを得ない局面に立ち至り、このような事情を職員に説明する必要が生じたことから、当時の庶務課長がそのための資料として作成したのが<証拠略>であると認められる。したがって、<証拠略>に記載されたものは昇格の推移予想にすぎず、現実の昇格状況は前判示2のとおりであってこれとは異なるのであるから、<証拠略>の作成自体が年功序列本位の実態を裏付けているということはできない。なお、右資料においては、その対象者から省庁間配転職員を除外しているが、<証拠略>によれば、そのような記載になったのは、右の職員は他の在来職員と異なる事情があるため一般的な状況を説明するには適さないと考えられたからであり、昇格の対象から外す趣旨に基づくものではないと認められるから、この資料の記載によって、差別的な取扱をする意図があったと推認することはできないというべきである。

三  その他原告が差別的意図の表れとして援用する諸点について

1  原告は、全労働支部からの申入れに対して局長が回答するに際して作成された局長回答書の記載文言から、任命権者の省庁間配転職員に対する差別的な意図が明らかであると主張する。

しかしながら、右の局長回答書は、前判示第二の一の4の(一)のような経緯で作成され、その中には同(二)のような記載が存するけれども、そのうち省庁間配転職員の受入れにより在来職員の処遇に不利益が生じないよう配慮する旨の記載については、局長回答書に記載された他の文言、例えば「在来及び配置転換職員の処遇改善のためにも、新たな七級ポスト等の増設について本省に対し強力に要請していくものとする。」<証拠略>などの文言に照らし、これを省庁間配転職員と在来職員とを差別する趣旨に解釈することは困難である。

次に、省庁間配転職員の配置については全労働支部と協議を行う旨の記載については、確かに文言上は受入れ時の配置部署に限るとの制限はないけれども、受入れ後の個々の職員の配置について局側と全労働支部とが協議を行ったことを認めるに足りる証拠はない上、右のような文言の存在から直ちに差別的取扱の意図を読み取ることはできない。

更に、省庁間配転職員を受入れ時の役職以外の役職に配置転換するときは代替として新しい役職を獲得する努力をし在来職員が不利とならないよう配意する旨の記載についても、文理上「新しい役職を獲得する」ことが省庁間配転職員の昇任・昇格の条件であると解釈することは難しく、省庁間配転職員を昇任・昇格させないことを誓約したものと即断することはできない。

なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は局長回答書の写しを全労働支部の幹部から入手することができたこと、また、<証拠略>によれば、全労働省労働組合発行の新聞に掲載された省庁間配転に関する要求事項の中に「一般職員と同様に扱うことを基本とし、そのことを地方管理者に徹底すること」などの項目があることがそれぞれ認められ、これらに照らしても、局長回答書の存在をもって、直ちに局長に全労働支部に配慮した差別的取扱の意図があったとすることは難しいというべきである。

2  原告は、人事ヒアリングにおける庶務課長の発言をとらえて、局側の差別的意図の徴憑であるかのように主張するが、<証拠略>に照らし、原告本人尋問の結果を直ちに採用することはできず、他に人事ヒアリングにおいて庶務課長が省庁間配転職員への差別的取扱を容認するかのような発言をしたことを認めるに足りる証拠はない。

3  なお、原告は、平成六年四月一日付けの昇任(昇格)は局における通常の昇任経路に照らし異例の人事であるとか、その後も、実態は原告より低い官職の局係長の部下として配置されていて実質的な降任であるなどと指摘して、任命権者である局長の意図を推認できる旨主張するけれども、これらはいずれも原告が違法事由として主張する昭和六二年及び平成二年の任命行為から数年を経た後の事情であり、直ちに任命権者の差別的取扱の意図を推認することは困難であり、その他、昭和六二年四月及び平成二年四月の人事異動において不合理な差別的取扱がされたことを認めるに足りる証拠は存しない。

四  結論

以上の次第で、局長においてその任命権を行使するに当たって昭和六二年四月に原告を署第二課長に昇任させなかったこと、平成二年四月に原告を七級に昇格させなかったことが、原告が省庁間配転職員であることのみを理由とした差別的取扱であり、その付与された裁量権を濫用したものであると認めることはできない。したがって、原告の請求は理由がない。

(裁判官 齋藤隆 杉山愼治 古田孝夫)

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